【あの日のごはん】夫がいない日の家系ラーメン

横浜に住んでいた学生の頃、”家系ラーメン”と呼ばれるものの存在を知った。どろっとしたスープに太い麺、味の濃さや麺のかたさを思い思いに指定して、好みでトッピングをつけてもらって完成する、アレである。

私は昔から細麺でさっぱりしている方が好きだったので、どうも最初は受け入れがたかった。これはあんまり、美味しくないな、濃いし。旨い旨いと箸をせっせと動かす先輩たちを横目に、ぼんやりとそんなことを考えているくらいだったのだ。

それが気が付いたら、怖いくらいにはまり込んでいる。マクドナルドのポテトのように、スパイスの効いたインドカレーのように、中毒性が高い。

定期的に通る道に、その店はある。夜でも昼間のように明るいラーメン屋の灯りは、遠くからでも目に留まる。

帰り際、スマホがぶるっと震え、夫が外食をしてくると連絡をくれた。「了解」と返事を打ちながら、自分の夕飯のことを考える。

基本的に、自分だけのための料理はほとんどしない。こういうときは、簡単にできるもので済ませるか、外食をすることが多い。そんなときに、あの灯りはとても、吸い込まれてしまう。おなかがすいていると余計に。私は家に帰るのをやめて、すっと店に入った。

味は濃くも薄くもない中間が好きだ。麺はどちらかといえばちょっとかためが好きだが、別段好みを指定するほどでもない(とはいえ、バリカタ、ハリガネなどの単語は使ってみたくなってしまう)。全部普通で(つまり、一番お店の適正な味わいで)、とお願いする。

トッピングは味玉とほうれん草。すべての好みを伝え終え、ラーメンが出来上がるのを待つ。

そっけない店員さんが差し出してくれたラーメンを見て、これこれ!と思わず口元が緩む。脂っこさが一目でわかるスープの濁りだが、もはやこの空腹とラーメンへの執着には勝てはしない。麺を探り当て、ずるずるっとすすった。最初にスープ派の人もいるだろうが、私はだいたい麺から食べてしまう。

旨い。最高に旨い。味玉を一気に食べるのはもったいなくて、少しずつ少しずつ崩しながら、スープを途中で飲みながら、ほうれん草をつまみながら、勢いよくいただく。スープは、だいたい最後まで飲み切る。塩分過多が気になるのは、ほんの一瞬で終わる。

滞在時間は非常に短い。さくっと食べて、さくっと帰る。それなのに毎度ながら、何とも言えない満足感にあふれている。

* * *

家でのんびりしていると、夫が帰宅。上着を脱ぎながら「今日はご飯どうしたの?」と何気なく聞いてくる。私がラーメンと答えると、「ああ、あそこの?あれ、家系でしょ」と少し楽しそうに笑いながら言う。先日も夫がいない日にラーメンを食べに行ったので、すっかりばれているのだ。

こういう話をしていると、次は夫と行こうかなと思うのだけれど、あのラーメンはただ美味しいというから行くのではなくて、ふらっと、無性に食べたくなって行くのが良いのではないだろうか。

たぶん、また私は、夫がいない日にラーメンを食べに行ってしまうだろう。そしてまた夫に「今日もラーメンを食べた」と話し、笑われるのだろう。

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